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自責の念から自由になれない

橋口亜希子

1 ヶ月前 NEW!

「自己犠牲」と「自己処罰」

みんなねっとの編集委員として記事や読者の方々からの声を聴きながら、また日々発達障害に携わり、産業カウンセラーでもある私は、最近、人が苦しむ原因の一つに「自責の念から自由になれない」苦しさがあると感じています。
日本には昔から「罰が当たった」との言葉があるように、何か問題や苦悩に直面した時、自身を説き伏せ納得させるようにこの言葉を呪文のように使う慣習があります。でも、時に誰が見ても理不尽なことに対しても、自責の念を抱いて苦しんでいる人をTVでもSNS上でも見ると、なぜそこまで追い詰められてしまったのか、悲しくなるのです。

例えば母親が、我が子の精神障害のことや、引きこもりやニートといった苦悩に直面した時、育て方のせいではないと心ある医師や支援者からどんなに説明をされても、頭ではそれを理解していても、愛する我が子のこととなるとどうしても感情が追いつかない母親ゆえの自責に苦しむことがある。
また一方で、周囲から「育て方が悪い」「親の愛情が足りない」と追求されることもある。所詮他人事だから母親の気持ちなんてまったく考えない理不尽な周囲の干渉によって、母親は次第に母親である自分に原因があると思い込み、自分の責任だから自分でなんとかしようと助けを求めることをやめ、問題が起きるたびに自分を責めるようになってしまう。
理不尽な周囲の干渉は、どう考えてみてもそれはその人が悪いことではないのに、「こんな母親だからこんな目にあう」「自分が悪い」といった自己犠牲、自己処罰となって、いつしかその人の慣習になって、自責の負のスパイラルへと深く入り込んでしまう。

厳しい家庭に育ち、発達障害のある子を育てたことがある私自身も、その慣習に未だ時折苦しむことがある中で強く感じることは、問題や苦悩に対してどんなに自責の意味を持たせても、自分を痛めつけるばかりで何の解決にもならないということです。
しかし一方で、電源を押したら勝手に起動するシステムのように、周囲や社会の同調圧力ともいえる理不尽な干渉や、自己犠牲や自己処罰がいつしか自分にとっても周囲にとっても平和なのだと思い込むことなどによって作られた慣習は、なかなか消えません。
だから、自責の念から自由になれずに苦しんでいる人たちが、そしてこの私自身も今後の人生を私らしく生きていくためにも、どうやったらその慣習を手放せるのか、問題や苦難に直面した時の自己処罰や自己犠牲に変わる方法や手段を、知って、手に入れる機会が必要なのではないかと考えるのです。

もしこれを読んでいるあなたが、自責の念から自由になれずに苦しんでいたら、私は伝えたい。もう十分すぎるほどあなたは苦しんだ。これ以上、自分を責めても、大切なあなた自身を痛めつけるだけです。だから、一緒に、自分を責めないですむ方法や手段について、一緒に考えてみませんか?

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